ホンダCBX400Fの兄弟車、CBX550Fは現在は不人気では無く、過去は不人気だったのです。何故なのか検索ワードで引っかかるみたいなので、纏めてみました。
CBX400Fは当時から高いバイクだった?
まずは時代背景。CBX400Fは81年末に発売され、ソリッドカラーは47万円でした。国内バージョンのCBX550Fは82年10月に58万9000円で発売されました。先輩から聞いた話ですが、CBX400Fの出た当時は、最新鋭の技術を投入してたとはいえ。価格の高いバイクだったと聞きました。
ホンダHAWK-II (CB400T)は77年発売で31万9000円。80年発売のスーパーホークIIIは39万8000円。79年のカワサキZ400FXは38万5000円。81年のヤマハRZ350は40万8000円。オイルショック等もあって、年々バイクの価格が上がっていたとは言え。CBX400Fの3色に塗られた通称「CBXカラー」は48万5000円でしたので、やはり高いと言うのは間違っていないと思います。
当時ホンダの大型バイクと言えば、空冷直4のCB750Fや水冷V4のVF750Fが国内のフラッグシップでした。どちらもこの頃の新車価格は60万円台でした。ちなみに79年発売のCB750Fの初期価格は53万8000円。
高かったCBX400Fの47万円。国内物なのでカウルが付いてるとは言え、CBX550Fは更に10万円以上高い60万円近い価格。価格的にどうでしょうか?中古でも「ナナハン」を買いたくなりませんか?
「限定解除」と言う免許制度
何故売れなかったかと言えば、一言で言えば免許制度の弊害です。当時の二輪免許は、免許証には免許の欄に大型二輪という記載は無く、自動二輪の免許が有るかどうかの記載しかなかった訳です。そして教習所で取れるのは400ccまでとなっており。現在のAT限定のように、AT限定に限ると書かれる。二輪は中型二輪(400cc以下)に限る。小型二輪(125cc)に限る。と限定がかかる所までしか、教習所では取れませんでした。CB750Fのような「ナナハン」の大型二輪に乗るには、「中型二輪に限る」を解除せねばなりませんでした。それをするのは試験場での一発試験でしか出来ませんでした。それを「限定解除」と呼ぶわけです。
その限定解除は何度も何度も、試験場に向かわなければ取得できなかった難関だったそうで。平日の昼間に何度も行くなんて、よっぽど大型バイクに乗りたく無ければ心が折れそうですよね。
ちなみにこの限定解除が施行されたのが、丁度408ccのCB400Fが出てた時期で。398ccが後に出たと言うのは有名な話です。
400ccとの需要の差
「中型二輪(400cc以下)に限る」は、CBX400Fは乗れるものの、CBX550FやCB750Fは乗れない訳です。単純に免許を持ってる人が少なければ、買いたくても買えない訳で。需要は中型二輪(中免)に比べ、減りますね。需要が高かった中免のCBX400Fは、約6.5万台も売り上げている化け物ですが、CBX550Fは壇上に上がる事は無く、販売台数も良く解りません。(知ってる方教えてくださいw)メーカーの目標販売台数がCBX550Fは年3000台。一方CBX400Fは月5000台なので、もうそこで圧倒的な差があります。元々550はメインターゲットが海外向けだったのも有ると思います。
どうせならナナハンに乗りたい
難関の免許の「限定解除」をして、どのバイクも乗れるようになったなら。当時の国内最大の750ccのバイク。「ナナハン」に乗りたくなるのは当たり前の流れだと思います。CBX550FはCBX400Fと大きな違いは少ないし、詳しくない人からすれば400ccと思われてしまうと思います。価格帯も750ccが見えてくるし、当時はよっぽどこのクラスが好きじゃなければ、買わないと思います。筆者の愛車のSR500も400に比べて売れていなかったし。400ccと見た目じゃ解らない。間違えられる。シールはっただけ。なんて言われるなら、CB750FやZ2みたいに、見た目からデカイのに乗って。ナナハンライダーと言う羨望のまなざしを向けられたいと言うのは、別に不自然な話ではないですよね。CBXのライバル車達はその時代のニーズに合わせる形で、Z400FXやXJ400、GSX400Fは実際にCBX400Fより一回り大きい、750ccを意識したバイクです。CBX550Fは変わり者の人が買っていったんでしょうね。今はこの600cc付近のバイクは一番日本の公道に有ってるエンジンだと思いますが。
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